【山下美智代コラム】韓流ドラマ・イカゲーム「人間は何処まで良心に従って生きられるか？」: ASIA NEWS

【山下美智代コラム】韓流ドラマ・イカゲーム「人間は何処まで良心に従って生きられるか？」

2022年01月14日

２０年前「韓流ドラマ」がアジアで大ブームになった。今また「Ｋ（韓国）ドラマ」が、今度は世界的大ブームを巻き起こしている。しかし２０年前とは少し違うようだ。２０年前は愛やロマンをテーマにしたドラマがその火付け役となったが、今流行っているのは、そんな生優しいものではない。２年前にアカデミー賞を受賞した映画「パラサイト」を観ても解るように、現在社会を若干のコメディを混じえながら痛烈に批判したドラマだ。

そしてこの「イカゲーム」！「イカゲーム」と言うのは、韓国人なら誰でも知っているような、幼い頃友達と外でよく遊んだだろう遊びの一つだ。このドラマの中で参加者たちは賞金を掛けてこの単純なゲームを行う。勝てば参加者一人に掛けられている１億ウォンが貰え、負ければ殺される。参加者全員の命と引き換えの賞金４５６億ウォンを手にするか、死ぬかのどちらかだ。

「イカゲーム」は人生ゲームのようにも見える。人は人生の中でいくつかの選択を余儀なくされる。自分自らの責任としての選択、そして自分ではどうすることもできない宿命！それがその人の人生を決定する。そして自らの選択によってその人の人生は大きく変わってくる。

このゲーム場に集まった人たちは、その選択を誤った人たちだ。このゲーム場に於いて新たな人生のゲームが始まる。許しのない生きるか死ぬかのゲームだ。このゲーム場において自分の本性をみる。

良心的に生きようとしたが、運がなく又は選択を間違えてこの場に来た主人公！この生きるか死ぬかのゲームの中でも良心的に生きようとする。参加者の中でも弱者のような人を気遣い労わる。どのようなゲームが用意されているかも分からない中でもペアとして選ぶ。しかし、その相手と自分のどちらが生き残るかを迫られた時、その本性が現れる。相手を騙してでも生き残ろうする。若干の良心の呵責を残しながらも。

一方で、世の中で殺人犯として生きた若い女性がいる。母親にＤＶ（暴力）を繰り返し殺してしまった牧師であった父親を殺したのだ。世間では不良娘、殺人犯である。生きる目的も意味も忘れたその娘は、脱北者である若い女性とペアを組む。「必ず勝たせてやる」と。

お互いの生い立ちを話しながら、娘はもう一度人生に希望、楽しみを見つける。しかし遅すぎた。そして生きる意味として、その脱北者にわざと負け死を選ぶ。自分には生きる意味がなく価値がないからと、脱北者の女性のために生命を捧げる。これ以上の良心があるだろうか。

ゲームの最後の最後に主人公と幼なじみであった弟分が残る。選ばれるゲームがタイトルとなっているイカゲームだ。攻撃側と守備側に分かれ、攻撃側が頂点であるイカの頭に入れるか、守備側が守り抜き追い出されて死ぬかで勝敗が決まる。お互い最後の晩餐に出されたナイフを持っている。最後に生きるか死ぬかの殺し合いが始まる。お互いに傷付き、最後に弟が倒れる。止めを刺す瞬間、もう一度良心的に生きようとする主人公は「もう止めよう」と手を差し伸べる。「二人で生きて帰ろう」と。たとえ賞金がもらえなかったとしても。しかし最後に弟は自ら生命を断つ。「お兄さんありがとう」と言って。

人は死ぬ瞬間どちらを選ぶのだろう。良心に目覚めることができるだろうか。　

このゲームの主催者は世界的大富豪達である。資本主義社会の成功者！ピラミッドの頂点にいるような人達だ。有り余る大金を手にし、思い通りにならないことが何一つ無いような者達だ。それ程の生活をしながらも、人生に面白みが無いのだ。人間の生命を玩びながら面白みを味わおうとする。

ゲーム終了後、主人公は賞金である４５６億ウォンを手にする。しかし一銭も使えない。生命４５５人の生命の代価であることを知っているからだ。あまりにも重すぎる代価だ。主人公が共にしてきた老人は、ゲームの主催者の一人だった。老人は富豪になってつまらないと言うのだ。人生！必死になって生きていることに価値があり意味を感じると、もう一度それを味わいたかったのだと。

この老人が死を目の前に主人公と掛けをする。行き倒れの人を助ける人がいるか、いないかを。この老人も最後まで人間の良心と言うものを信じたかったのだろう。そして主人公の良心を信じたかったのだろう。死ぬ瞬間の老人の掛けの負けは老人にとって安堵となったのではないだろうか。

大金を使えず主人公はそのお金と脱北者の弟を弟分の母親に託す。そして次のゲームに参加しようとしている行きずりの人を止める。自分と同じような思いはして欲しくないからだ。そして代わりに自分が参加しようとする。「行って止めるんだ」と止めるためにいくのだろうか、その刺激が心を引きつけるのだろうか。又しても人間の良心が問われる。人間の本心はどこにあるのだろうか。

資本主義社会、競争社会の成れの果て、現在社会を物語っているようだ。性善説と性悪説、資本主義社会、弱肉強食の社会で人間はどこまで善に良心に従って生きられるだろうか。ゲームの中で繰り返し言われる「ここでは全て平等である」と。決めれたルールに従うことが善であり、勝つことが優先される。その善に従っていれば、良心の呵責を感じる必要がないのだ。社会の中で決められたルールに従って生きることが善だとされる。果たしたそれが本当の善であろうか。人間の本心は社会のルールに従うことだけを善だと言うだろうか。

このドラマが多くの人の心を引き付けて止まないのは、ただの殺人ゲームではなく、ここに出てくる登場人物の誰かが、自分に重なるからかもしれない。そして誰しもが、今の資本主義社会に対する疑問、限界を感じ、人間の本質を見つめ、本心に立ち返ろうとしているからなのかも知れない。

今私達は、現実社会を省みる必要があるのではないだろうか。