[文藝春秋] 金正恩の妻と妹、そして……北朝鮮「3人の女」が日韓関係のカギを握る

PicsArt_01-04-10.11.30.jpg
한국어
五味 洋治(2019.1.3) 2018年の前半の国際ニュースは、北朝鮮一色だった。1月1日に新年の辞で、金正恩朝鮮労働党委員長が韓国との対話を呼びかけた。そこまでは例年と同じだったが、演説の最後の方で、2月に韓国で開かれる平昌冬季五輪への代表団派遣を匂わせたことから、事態が急展開した。

「4倍速ビデオ」から「おなじみの食い違い」へ

あれよあれよという間に、南北首脳会談3回、中朝首脳会談3回、さらに米朝首脳会談まで実現したのはご存じの通り。長年北朝鮮をウォッチしていた専門家も「倍速どころか4倍速でビデオを見ているようだ」と驚いたほどだ。

韓国政府関係者によれば、韓国側は、ただ正恩氏の新年の辞を待っていたわけではないという。「平昌五輪に北朝鮮選手を受け入れる。米国も反対しない」など、水面下で北朝鮮側にメッセージを送り続け、それが金正恩の新年の辞に反映したというのだ。

しかし、その後、軸となる2回目の米朝首脳会談は延期され、19年に持ち越された。非核化をめぐる手順で意見が合わなかったためだ。この食い違いは、米朝間では過去にも繰り返された、おなじみのものだ。

このため、米国だけでなく、韓国や日本でも「もともと、北朝鮮は核兵器を放棄する気はなかったのではないか」「核兵器を持ったまま、韓国との南北統一を考えている」など、さまざまな観測が飛び交っている。

南北関係を理解している「実妹」

そんな中、私は、最近日本を訪問した韓国政府高官の話を聞く機会があった。この1年間、北朝鮮をたびたび訪問し、正恩氏をはじめ、多くの高官と会談を行い、宴会も共にした人である。彼は、直接会った正恩氏について「決断が早く、合理的」と評価するが、意外にも彼の周辺にいる女性に注目し、期待をかけていた。

PicsArt_01-04-09.06.00.jpg
金与正・党第1副部長 ©AFLO
まず実妹の金与正(キム・ヨジョン)・朝鮮労働党第1副部長は、兄の名代として2月に韓国を訪問し、文在寅・韓国大統領に兄からの親書を渡している。「彼女は南北関係の大切さを理解しており、非常に希望の持てる人物という印象を受けた」(前出の高官)と話す。外交において、一定の発言力があり、韓国側の考えも理解してくれるのだという。

「金与正の右腕」が日本との窓口?

金与正氏の右腕とされ、注目を浴びているのが、朝鮮労働党統一戦線部の金聖恵(キム・ソンヘ)策略室長だ。物々しい肩書きだが、上流階級の奥様といった優雅な雰囲気をかもし出す女性である。北朝鮮の最高学府・金日成総合大学出身とされるエリート官僚でもある。

彼女は、正恩氏の親書を持参して、去年5月末に訪米した金英哲党副委員長(統一戦線部長)に同行し、ポンペオ米国務長官らと会って、一躍注目を浴びた。同年3月に北京で行われた中朝首脳会談、4月の板門店での南北首脳会談にも随行メンバーとして加わっていた。

さらに金聖恵氏は、日本側とベトナムなどで秘密裏に接触していると報道されている。このため平壌で行われた南北の実務会談の合間に、韓国側の出席者が聖恵氏に「対日関係も担当していると報道されていますね」とそれとなく聞いてみたという。

聖恵氏は、「知りませんね、誤報じゃないですか」と軽くかわしたものの、「全面否定しないところをみると、日本との窓口になっているのは間違いない」と、韓国側は受け取ったという。南北関係だけでなく、対日関係の窓口となっており、キーパーソンであることは間違いない。

img_87209649eec47e57b13535010ff8618a1466054.jpg
金聖恵・党統一戦線部策略室長 ©AFLO
日本を対話の輪にいれたい韓国の事情

北朝鮮側の、日本への見方は厳しい。日本から訪朝した人たちに対し、北朝鮮の関係者は「日本は対話すると言いながら、厳しい経済制裁を続けており、敵対的だ」と話しているという。安倍晋三首相についても、韓国側との会談で、厳しい評価を示すことが少なくない。

ただ韓国側は、日本を何とか対話の輪に入れたい事情がある。トランプ米大統領は、2019年初頭に、正恩氏との首脳会談を行う意向を示しているが、非核化が進展しない限り、北朝鮮への経済制裁は解除しないとしている。時に宥和的は発言もあるが、突然強硬になるなど、発言がぶれる。今は米国が中国との貿易戦争に気を取られており、北朝鮮との対話に関心があるのか、今ひとつはっきりしないのも韓国にとっては不安のタネだ。

北朝鮮には後ろ盾の「中国」がおり、大きな影響力を持っている。しかし、北朝鮮は中国からの干渉を嫌っており、韓国としても頼りにしにくい事情がある。そんな中、日朝が拉致問題を含め、本格的に対話を始めれば、「韓国だけが、北朝鮮に前のめりになっている」という批判も和らげられると考えているのだ。

img_51465850399b66ba7f0f7cd899b9623a1224326.jpg
金正恩・党委員長と公の場に出ることが増えた李雪主夫人
そのため、韓国は、正恩氏と安倍首相の首脳会談実現に力を尽くすだろう。前出の高官も「北朝鮮との正式な会談の中では、拉致問題は取り上げにくいが、その後の宴会などでは、日本とも対話してみてはどうですかと、何回も正恩氏に声をかけている」と明かす。正恩氏も、「対話の用意はある」などと答えているそうだ。どこまで本気かは分からないが、北朝鮮側も、孤立を避けたい韓国側の希望を感じ取っているに違いない。19年は日朝首脳会談が焦点になる可能性は、大いにある。

金正恩に禁煙を迫る「妻」

もう1人、韓国側が期待しているのが、正恩氏の妻・李雪主(リ・ソルジュ)氏だ。「与正氏と李雪主氏は、宴会で見ている限りとても仲がいい。2人が正恩氏を支えているという印象だ」(韓国政府関係者)という。

PicsArt_01-04-09.06.56.jpg
金正恩・党委員長と李雪主夫人 ©AFLO
李雪主氏は、正恩氏を「チェ・ナンピョン」と呼んでいた。「私の夫」というへりくだった朝鮮語だ。この発言は、18年3月5日に平壌で韓国の特使団と会食した際に、飛び出したという。最高指導者の正恩氏は、通常「元帥様」と呼ばれるが、妻は、そんな肩書きにこだわらず、ごく普通の家族のように振る舞い、話した。同じテーブルに座っていた5人の特使団は、この率直な物言いに顔を見合わせたという。

さらに特使団が驚いたやりとりがあった。特使団が愛煙家の正恩氏に対して禁煙を勧めた時のことだ。冗談交じりの会話だったが、李雪主氏がすかさず割り込んできて「いつも禁煙してくれと頼んでいるのに(夫は)聞いてくれない」と小言をこぼし、その場の雰囲気を一気に和らげたという。

過激な行動をいさめる3人の女性

もっとも重要な正恩氏の考えは、いまだによく読めないところがある。経済発展を実現するため、核放棄をする決意をしているのか。それとも、米国が経済制裁を緩和しないままなら、再び対決路線に戻るのか。年明け1月1日に正恩氏が発表した新年の辞でも、核問題について踏み込んだ発言はなかった。

正恩氏の心を動かしているのは正恩氏周辺にいる女性2人、いや与正氏の右腕である金聖恵氏を含む3人だろう。父、金正日総書記は私生活が乱れていたが、それを見ていた正恩氏は、家族をことのほか大切にしているとされる。

女性の視点からは、穏やかに家庭生活が過ごせる「普通の国」にしてほしいと素朴に望んでいるのではないか。正恩氏の過激な行動をいさめ、常識的な指導者として振る舞うようアドバイスしている――そう考えると、2017年11月以降、北朝鮮は挑発行動を控え、対話路線を維持して来たのも説明がつく。

19年も、韓国との関係改善を進め、米国との対話にも応じていくだろう。日本政府も正恩氏と周辺の女性たちの関係を慎重に分析し、今後の出方を予測する必要がありそうだ。

この記事へのコメント