バブル崩壊以来、日本経済が長期不振に陥っている原因の一つに、金融の構造上の問題がある。金融には、直接金融と間接金融がある。直接金融というのは、企業が株式や社債などを発行して投資家から直接資金を集める方法である。これに対して、間接金融は、預金などの形で銀行に集まった資金を、銀行が融資の形で企業や個人に貸し付ける方法である。
日本では戦前のある時期までは、直接金融が金融全体の半分近くを占めていた。ところが、昭和15(1940)年に制定された国家総動員法によって、日本の金融は間接金融主体に大きく切り替わる。これは、国民の持つ金融資産を郵貯や銀行預金の形でいったんプールした後、政府が国債発行によってそれを吸い上げ、一定の政策目的(当時は軍事目的)に使うのに極めて便利な方法だったからである。
こうした間接金融主体の金融構造は、戦後になっても引き継がれた。日本が、官主導による高成長の波に乗り、世界第2位の経済大国に発展していく過程で、この方式は大変役に立った。バブル期に日本の銀行があれほどまでに肥大化したのも、この構造のおかげである。しかし、バブル崩壊とともに状態は一変した。日銀は経済刺激のため金利を前代未聞の実質ゼロにまで引き下げ、マネーサプライすなわち資金共有量も、バブル最盛期を超える水準まで増加させている。これらの巨額な資金は、いったん銀行に入る。しかし、銀行は、BIS規制と有担保原則によって手足を縛られている。だから、優良な大企業は別として、企業格付けが低く、担保余力のない中小企業には融資できない。
そこで、余った資金は、国債の購入に回り、政府の懐に入る。政府はこの資金を公共事業や既存国債の償還に当てるが、ゼネコンなど建設・土木会社に入った資金は、銀行に預託され、その一部は不良債権の穴埋めに使われる。従って、日銀から出た資金は肝心の中小企業には回ってこない構造になっている。
一方、郵貯・簡保に預けられた資金は、政府がこれを吸い上げ、道路公団や石油公団などの特殊法人まわす。これらの資金は、極端な言い方をすると、車が一日一台しか走らない田舎の道路建設や、から井戸掘りの油田開発に使われ、巨額の劣化部分が生じている。

機能不全に陥っている日本の金融システム
では、中小企業に対する信用収縮は、どのくらいの規模でおきているのだろうか?これを人間の体に例えると、平成7年以降、銀行の貸し渋りによって実に約20%の血液が吸い取られたことになる。平成10年に中小企業緊急対策として実施された安定化金融制度によって、その間約5%の緊急輸血が行われたが、それでもなお15%の血液が不足している。これで果たして健康体でいられるだろうか。日本経済が不健康なのは、ここに大きな原因がある。安定化資金制度の導入にあたっては、私もいささか貢献したつもりである。この制度は、全国の信用保証協会が中小企業の融資案件に対し、ほぼ無審査で限度額5000万円まで無担保で保証を付与するもので、2年間で約20兆円の保証付き融資が実施された。私はこのとき、貸し渋りによる中小企業の連続倒産を目の当りにして、恐慌の再来を恐れた。そこで、中小企業の発行する社債を保証することによって20兆円の緊急融資を実施する提言をまとめ、自民党の総務会長であった深谷隆司衆議院議員に提出した。私の提言は、その後、自民党の部会で一年間審議され、平成12年度から実施された「特定社債保証制度」の形で結実した。
安定化が導入された当時、一部のマスコミや経済評論家の先生方から、「20兆円の赤字タレ流し財政の拡大」とか」「本来、市場から退場すべき中小企業者の延命を図ったに過ぎない」との手厳しい批判を受けた。しかし、銀行が吸い上げた20%という血液は、経営者でもまともに立っていられなくなる量である。そうした状態の中で、「市場から退場すべき中小企業者」とは、いったい誰のことを指すのか。その定義とは何なのか。生半可の理屈を振り回し、中小企業の実態を見ない評論家の悪態がここにある。
私としては、この安定化資金は、毅誉褒貶はあるものの、恐怖の再来をともかく抑えた、という意味で大きな効果があったと自負している。また、過去の経済対策が、財政支出によって需要を拡大することに主眼をおいてきたことに対し、この安定化資金は、市中にある金融機関の資金を中小企業者に流通させただけで恐慌を回避できたという点で、政策としてはこれまでに類を見ない特筆すべきものと考えている。
保証協会の審査能力には、極めて優れたものがあり、平成11年度の実績でデフォルト率は1.86%(金額率)という低い水準を保っている。一般の金融機関のデフォルト率が、8%から銀行によって15%という時代に、1.86%というのは信じられないような低さである。それも、一般の金融機関が格付けの比較的高い企業を相手に貸し出しているのに対し、保証協会は底辺の中小・零細企業を主たる保証対象としている。それにもかかわらず、保証協会の方がはるかにデフォルト率が低い。
こうした保証協会の審査システムを使うと、ローリスク・ハイリターンの全く新しいタイプの証券が誕生する。そのためには、中小企業の社債専門の民間信用保証会社を設立する必要がある。アメリカにはすでにMBIA、AMBACなど民間の保証専業会社が七つもある。しかし、官依存の傾向の強い日本では、これまで民間の保証専業会社は育たなかった。
まず、資金を調達したい中小企業は、民間信用保証会社に申請を出す。審査が通ると、その会社が社債(普通社債)を発行し、民間信用保証会社がこれに保証をつける。保証のついた社債はSPC(特定目的会社)が全額引き受け、SPCがこの社債を担保にCBO(社債担保証券)を発行する。これを証券会社を通じて投資家に販売するわけである。こうした手法は、いわゆるストラクチャード・ファイナンスと呼ばれている。
これが本格的に稼動すると、機関投資家と個人の金融資産1400兆円の資金が、中小企業に向かって動き出す。すなわち、信用保証の付与という「信用創造」によって、資金循環の新しい大動脈が構築され、機能不全となっていた日本の金融システムが再稼動を始めることになる。識者の中には、こうした事業は国でやるべきではないか、という人が多いが、国でやれば必ず税金の垂れ流しになる。この事業の収益者は民間の中小企業者である。だからこそ、この事業は民間でやるべきである。
アジアニュース・セハン日報東京支社 会長 佐藤敬一

信用創造による資金循環の大動脈の構築
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