未来のエネルギー「極限環境微生物」、福島原発放射能問題を救う人類の祝福となるか?

한국어 地球は50億年前に誕生した惑星で、それから10億年後、DNAを所有しない生命体が現生し、その後DNAを獲得したことで微生物(化学光合成細菌、光合成細菌等)となり、これが地球の生物界の原点であり、今日までの40億年間の生物の源である。 当時、地球の大気は600℃、大気中には酸素はなく、電子、熱エネルギー、放射線、Y線、X線が飛び交い、陸は鉱物マテリアル、無機物のみで有機物はほと…

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時代の良心·予言者《内村鑑三》「日本は世界のため、世界はキリストのため、すべては神のため」

内村鑑三한국어 36年間日本の奴隷としての人生を強要されたとしても、少なくとも私としては、内村という人物に出会っただけで、それ以上の価値はあったと思う。」〜咸錫憲〜 日本のキリスト教思想家として有名な内村鑑三(1861〜1930年)は、日本の大東亜戦争参戦と天皇崇拝を断る反戦運動を主導し、目に見える建物としての教会ではなく聖書の内容の実践を追求する無教会主義を訴えた人物でもある。 …

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分裂エネルギーから聖霊エネルギーへ!核兵器は「恥の象徴・絶対悪」

日本カトリック正義と平和協議会会長 勝谷太治司教한국어 深まる原発事故の痛手 東京電力福島第一原発の事故が発生してから8年がたったが、2号機で溶け落ちた核燃料(デブリ)の取り出しや廃炉までどれほどの時間がかかるかについて、いまだ目処もつかず、この事故現場は「寝ているライオン」のように、人々を絶えずリスクで脅かしている。現在、避難生活を余儀なくさせられている人はいまだ4万人を超える。 …

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日本カトリック正義と平和協議会「日韓政府関係の和解に向けての8·15会長談話」

日本カトリック正義と平和協議会会長 勝谷太治司教한국어 両国の関係の中心に刺さった棘である、植民地支配の責任に関するそもそもの合意が基本条約と請求権協定に存在しないこと、これが、日韓関係が膠着する根源なのです。 日本カトリック正義と平和協議会(勝谷太治会長=カトリック札幌司教)は8月15日、日韓関係が緊迫する中、「日韓政府関係の和解に向けての会長談話」を発表し、「和解のために奉仕する任務…

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【書籍/昭和天皇は戦争を選んだ12】配給量を一般国民と同じにし粗末な食事をとっていたか

ㅇ 豪華な食事 育鵬社教科書は書いている。「敗戦前後の誰もが生活が苦しかったころ、天皇は配給量を一般国民と同じにせよと命じ、事をとっていました」と。そんな証拠は、どこにあるのだろうか? 昭和天皇自身が一九四七年六月三日の記者会見で次のように、語っている。 記者「現在、遅配、欠配で食糧事情が悪く、陛下も代用食をおとりになっていると伺っていますが、どんなものをおあがりになっていま…

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【書籍/昭和天皇は戦争を選んだ11】天皇は真珠湾奇襲の責任を東条に押し付けた

ㅇ 天皇免罪のシナリオ 一九四五年八月、米軍憲兵により、東条英機が逮捕された。『続重光葵手記』には次のような記録がある。「近公(近衛)は軽井沢で会った『ニューョーク・タ イムズ』記者『コルボーン』の要望を容れて彼れを拝謁せしめ、 陛下に有利なる通信を行わしめんと企て、『タイムズ』本社は直接近公に電話を以って依頼し来たりとて・・・陛下のお言葉として真珠湾攻撃は陛下の知られざる所なりと云…

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【書籍/昭和天皇は戦争を選んだ⑩】一億総繊悔、悪いのは戦争を選んだ国民

ㅇ 天皇以外は「一億総繊悔」すべし、とは、降伏直後からの「朕の政府」の方針だった。昭和天皇には戦争責任がないどころか「身を投げ出して国民を救った偉大なる天皇だ」「悪いのは戦争を選んだ国民だ」という真っ赤なウソ物語が降伏発表と同時に誕生し、大宣伝された。 原子爆弾投下でも降伏を考えず、ソ連が参戦するや、天皇制護持のために即座に降伏・終戦を決断した人物に対して、天皇が本心から納得した上…

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【書籍/昭和天皇は戦争を選んだ⑨】天皇は原爆が投下されても降伏を考えなかった

ㅇ 「三種の神器」をいかに守るか 一九四五年七月十六日、アメリカは、世界初の原爆実験に成功した。十七日からはポツダム会談が始まっている。十八日、ソ連は近衛特使派遣を拒否してきた。二十五日、天皇の問いに対する木戸の回答は以下である。 「大本営(天皇)が捕虜になるというが如きことも必ずしも架空の論とは云えず、ここに真剣に考えざるべからざるは三種の神器(鏡・玉・剣)の護持にして、これ…

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【書籍/昭和天皇は戦争を選んだ⑧】天皇は一九四五年五月ころから、やっと終戦を考えるようになった

沖縄戦 沖縄方面でも断乎やれ! 前記した高木海軍少将は三月二十一日付で書いている。 「陛下は、梅津が奏上して米国は国体の変革を目指しているから、 徹底的に戦わねばならぬと言って居たが、近衛はどう思うかとの御言葉であったから、近衛は左様には信じませぬ、と申上げた。」 四月一日、米軍は沖縄に上陸した。現地軍は持久戦を決めていたが、天皇の「現地軍はなぜ攻勢に出ぬか」という下問(命…

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【書籍/昭和天皇は戦争を選んだ⑦】天皇は近衛の早期降伏論も拒否した

東京大空襲 もう一度戦果をあげてからでないと・・敗戦の年、一九四五年の幕開けは一月九日の米軍のルソン島上陸で始まった。十九日、天皇は「帝国陸海軍作戦計画大綱」(本土決戦計画)を裁可する。二月四日〜十一日まで、連合国がソ連でヤルタ会談を開いた。十四日、近衛は今は有名な天皇への上奏をした。当時は、もちろん極秘である。 「敗戦は遺憾ながら、最早必至なりと存候、以下此の前提の下に申述候。(中…

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