2014.06.25

【歴史】 大和魂と問題解決能力

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「大和魂=大和心=和魂」という言葉を聞けば、戦争や国境のない平和世界を希求する人々は、穏当ならざる印象を受けるであろう。何故なら、第2次大戦末期にアメリカ戦艦にゼロ戦で体当りした神風特攻隊などを連想するからである。これと同列に論じることはできないであろうが、ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機で衝突したテロリストの行為も外観的にはこれと似ている。

「大和魂」は、明治時代(1868-1912)以降、民族主義の中核的な要素として重視され、第二次世界大戦期には軍国主義的な色彩を強く帯び、天皇に対する忠誠と自らの命を顧みず、勇敢に戦闘行動を完遂する魂、というような含意をもつようになった。

意外なことに「大和魂」という言葉が文学に最初に登場するのは、「源氏物語」(平安時代中期11世紀の世界最古最長の小説)である。光源氏の息子、夕霧を大学に行かせるかどうかについて、光は「学問をもととしてこそ、大和魂を世の中により有効に用いることができるであろう」と述べている。つまり、「実際に問題解決を可能にする生活常識と知恵」というようなニュアンスで用いられている。

これと同様の用例は、「今昔物語」(平安時代末期の説話集)の中にも見られる。善澄という法学博士の家に強盗が入る話である。善澄は、強盗の狼籍を床下に隠れて覗き見していたが、彼らが門を出て立ち去ろうという時に、「お前たちの顔を全部見たから、夜が明けたら検非違使に通報して捕まえてもらう」と怒鳴った。当然ながら盗賊は、取って返して善澄を切り殺してしまう。作者は、「善澄は学問上の才能は優れていたけれど、大和魂が少しもなかったからこんな心幼いことを言って殺されてしまったのだ」と結んでいる。

同じ窃盗の話でも、フランスの古典的名著「レ・ミゼラブル」に登場する司教の応接方法は、善澄の稚拙さとおおよそ対照的である。よく知られているように、司教は、自分が大切にしていた銀食器をジャン・ヴァルジャンに盗まれ、彼を捕らえた憲兵に対して、「食器は私が与えたものだ」と告げて彼を放免させたうえに、銀の燭台2本を与えた。司教は、司法制度よりはるかに効果的にジャン・ ヴァルジャンを復活させ、悪の連鎖を断ち切ることに成功した。国と時代は異なるが、彼には「大和魂」があったのである。

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posted by Cultural Highway at 18:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | News | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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